光速道路
美しさに最も近い価値は速さだ。
俺は深夜のトラックだらけの高速道路とドライブが好きだ。
単調な道路を、自分の身体ではたどりつけないスピードで走っていると、自分の心だけが浮遊していくような気分になる。
ぼーっと運転していると、とりとめもない想像が浮かんでくる。
もしももっと速くなれたら。
遠い未来、人類が光の速さでの移動を可能にしたら、俺のような未来人もこんな夜にドライブするだろうか。
科学のことはよくわからないが、窓を流れる対向車線のヘッドライトは、俺が知る限りこの世で最も美しいもので、だからこそこの世で最も速いものだと知っている。
惑星の光を後にして、宇宙を光速で走るドライブはどんな気分だろう。
きっとそのドライブは、走り続ける限り永遠に朝がこない。
これもアインシュタインが言ったことらしく、光の速さを超えた物体は、時間をも置き去りにするそうだ。
なんて自由なんだろう。
脳は澄んで、いつにもまして色々な記憶や思想が思い浮かんでは消えていく。
しかし、思考を巡らせていくうちに、よぎるのは後悔ばかりになってきた。
自由と孤独は相似形だ。
これまでの人生で傷つけた人々の顔がちらついた。
俺は未来人の夢を見ていたのに。
逃げるように空想に集中して、アクセルを踏む足に力を入れた。
もっと速く。もっと速く。
哀れな未来人は影を振り切ろうとして速度を上げた。メーターは光の速度をついに超えた。
未来人はホッとして、胸をなでおろし、なんの気なく未来自動車の助手席を見た。
「どうしてそこに」
いつのまにか彼女が座っていた。
彼女は言った。
「光速以上のスピードは、時間を置き去りにするだけじゃない。速度は光を越した瞬間、後ろ向きに進みだすんだよ」
冷静なトーンだった。
「わからない。俺は過去に向かってるのか」
「そう。速く走りすぎたタイヤが、後ろに進んでるように見えるみたいに」
「俺は前に進みたいんだ。誰よりも速く」
「そんなに急いで、どこに行きたいの?」
答えられなかったので、自分の考えを言った。
「速さは美しさなんだ」
「...だから私がここからいなくなるのに気づかなかったんでしょ」
彼女は助手席の窓に頬杖をついて、バックミラーに自分の顔を映した。
見覚えのある拗ねた動作だった。
「だからこんな風に、過去のお前に会いにきてしまうんじゃないか」
彼女は少し黙って、
「ちゃんと前を見たら」と言った。
ハッと気づいてハンドルを切る。
車線を割り込んできていた先行車を避けようとして、俺の車は派手にブレーキ音を鳴らし大きく横にブレて止まった。
道路脇に逃げ、バクバクいってる心臓を必死で落ち着かせた。
徐々に呼吸が整ってくると、なぜか笑ってしまった。
そこに見えたのは明らかな死のビジョンだった。
カーステレオのスイッチを入れた。
それから俺は高速を降りて、街へ出た。
一瞬前の自分よりほんのすこしだけ未来人になりながら、俺は安全運転を心がけて街をドライブした。
街には朝の光がゆっくり差し込んでいた。
俺はそれを美しいと思った。
おわり
(この文章は友達の平田純哉君に原作をもらって書いたものです。彼のブログはこちら